ABOUTGALLERYMEMO





stay with me

 

三ヶ月程前、魔法騎士の三人はいつものように休みを利用してセフィーロへ遊びに来ていた。  
 
 
その日は他国との会議がセフィーロで行われているらしく、  
会議が終わればオートザムやチゼータやファーレンから来ている友人達とも一緒に食事会が行われるという。  
それを楽しみにしながら三人だけのお茶会を開いていたのだった。  
 
『また、約束を破られたのよ!もう、いっつも仕事仕事って、  
 忙しいのは判るけど、こういつもじゃ嫌になっちゃう…』  
昨日も仕事だと言ってクレフに出かける約束を破られた海は光と風に恋人の不満を延々と話していた。  
 
『でも、クレフさんずっとお休みも取ってらっしゃらないのでしょう?』  
『クレフはずっと忙しくて、全然寝てないってランティスも言ってたよ』  
 
光も風も私たちを心配して恋人から聞いた事を教えてくれる。  
その内容は言われなくても海自身がよく知っていた事だったが、その友人たちの優しさは純粋に嬉しかった。  
 
『うん……。ずっと、無理してるのは知ってる。でも…』  
そう言って俯いた私を心配そうに見つめる友人たち。  
 
『そうだ!ちょっと会議覗いてみない?今日はすっごくたくさんの人が来るから、  
 ちょっと覗くだけならわからないってランティスが言ってたんだ!』  
 
『いいですわね。ちょっと行きましょうか』  
光が突然言い出したその言葉に、風も珍しく乗り気だった。  
言われてみれば、クレフが会議で話をしている姿など今まで見たことはなかった。  
執務室の机以外で仕事をしているクレフの姿を見るのもいいかと、二人の後に続いたのだった。  
 
 
そして、私はそこで自分が知らないクレフの姿を見てしまった。  
 
彼を見た瞬間、ぞくり、と身体が震えた。  
「あれは、だれ…?」  
自分がよく知るはずの人。でも、見たことのない人がそこにいた。  
 
会議室を覗くと、丁度クレフが話をしている所だった。  
周りにはたくさんの人々。  
何千、何万の人たちがクレフの方を見つめていた。  
 
その場で彼は、その姿が少年の様である事を感じさせない程に威厳に満ち、  
彼の知識の深さや経験の豊富さ、聡明さを示すように堂々と発言をしていた。  
 
話の内容はよく解らなかったが、彼の言うことに反論を示す様な顔をする者はなく、  
その場にいる人たちを充分に納得させる様な事を話したのだろうという事は彼らの顔を見ただけでなんとなく感じる事が出来た。  
彼は、あんなに大きかっただろうか。  
私の前で見せてくれる笑顔とは違う、彼の顔。  
それは国を代表して発言している者の顔であると、国交など何もわからない海ですら理解出来た。  
 
 
『すごいですわね、クレフさん。  
 このようなたくさんの人の前で他の誰にも引けを取らずにあんな風に話をする事は  
 なかなか出来る事ではありませんわ』  
風はそう言って笑顔を私に向けた。  
 
『ほんとにすごいんだね、クレフって…。ね、海ちゃん!』  
光までそんな事を言って私に笑顔を向けた。  
 
確かに、光や風の言う通りだった。  
自分の恋人が、こんなにすごい人だとは思っていなかった。  
このセフィーロで最高位の魔導師だとは知っていたが、それを本当に理解出来てはいなかったらしい。  
 
大勢の人の前で発言しているクレフは、遠くから見てもクレフであるのは間違いないのに、知らない人に見えた。  
まるで、いつも自分の身近にいた人物が突然有名人になり、TVに出ているみたいに、  
画面の向こう側にいる人の様に感じた。  
 
 
七百年以上という長い人生の上に成り立っている彼は、  
たかが十数年しか生きていない私には到底太刀打ち出来ない深さがあった。  
それは当たり前のことなのだけども…。  
自分自身を見下ろして思う。  
 
何でこんなにちっぽけなんだろう。何でこんなに子供なんだろう…。  
私は彼に相応しい?  
…いつか、相応しくなれる?  
 
 
彼が忙しいのはこの国の重責を背負っているからだ。  
解っていたつもりで全然解っていなかった。  
 
約束を破ったといつも彼を怒っていた自分が恥ずかしくなった。  
 
 
 
 
それから数時間後、各国の主賓とセフィーロの面々で小さな食事会が行われた。  
ほとんどがいつも集まるメンバーなので、堅苦しい物ではなく和やかな雰囲気の中で行われていた。  
 
イーグルとジェオとザズはランティスと光と、  
アスカとサンユンとチャンアンはフェリオと風と、  
タトラとタータは海と、テーブルを囲んで話していた。  
クレフは、少し挨拶をした後は仕事があるからと皆へ謝罪し部屋へ戻っていた。  
 
 
あんなに楽しみにしていた筈なのに、食事はあまり喉を通ってくれなかった。  
 
食事を楽しんでいたタトラがふとにっこりと穏やかな笑顔を海に向ける。  
『導師クレフさんはすごいですわね。いつも思いますけど今日は一段とそう思いましたわ。  
 あんなに仕事に打ち込めるのは、支えてくれる存在が素晴らしいからかしらね』  
 
そしてタトラは隣にいたタータを振り返り、楽しそうにその頭を撫でる。  
『早く、タータにもジンのような素敵な彼氏が出来るといいわね。うふふ』  
 
『姉さま!!』  
真っ赤になって怒るタータを見て、やっと先ほどの言葉の意味を理解した。  
本来なら喜ぶべきなのだろう。でも今の私には、否定の言葉しか出てこなかった。  
『そんな事ないわ。私何も出来ないし。それどころか我侭ばっかりで迷惑掛けてるだけだもの』  
 
俯いた私の頭に柔らかく温かい感触を感じた。  
顔を上げると、さっきまでタータの頭を撫でていた優しい手が私の頭にある。  
『ウミは、もっと自分に自信を持っていいのよ。  
 あなたはとても素直で、素敵だわ』  
 
『何だ。ウミ、お前らしくもない。いつも自信満々のくせに…何かあったのか?』  
タータまで珍しく心配気に私を見ていた。  
 
『ありがとう、大丈夫よ、別に何もないわ。タータ、タトラ』  
二人に笑顔でお礼を言ったつもりだったが、変わらず心配そうな顔を二人は私に向けていた。  
きっと、ひどい顔をしていたのだと思う。  
その後、二人はそれ以上クレフについては何も言わずにいてくれた。  
そして別れる時まで、二人は心配そうに私を見ていた。  
 
他国の人々を見送ってから、私たちも東京へ帰った。  
その日は、会議でのクレフの顔を思い出してばかりで全く眠ることが出来なかった。  
 
 
 
 
それから、何度となくセフィーロに行ったがクレフには約束を破られてばかりだった。  
でも彼を怒る事など出来ず、ただ邪魔をしない様に彼の前から去ることしか出来なかった。  
 
 
クレフと逢えないまま時間ばかりが過ぎていく。  
ただでさえ、異世界に住んでいる者同士。  
どんなに逢いたいと思っても顔すら見ることが出来ない日が続く。  
 
 
セフィーロに行っても彼はいつも仕事が忙しく、話をする事が出来なかった。  
時々こっそりと仕事をしている彼の顔を覗きに行ったりもした。  
いつもいつも、真剣な顔で書類に目を通したり、分厚い本を片手に調べ物をしていたり、  
知らない人と論議を繰り広げたりしていた。  
 
そして、誰に聞いても  
『導師は全然休まずに仕事をしている』  
『今日の会議も、昨日急に入ってしまったんだ』  
と彼が言った事をなぞるように肯定した返事が返ってくる。  
そして、続けて私に言うのだ。  
 
『少しは休むように言ってくれないか?』  
 
 
でも彼にどう言えばいいのだろうか?  
勿論、彼が無理をしているのは心配だし、少しでも休んで欲しいと思う。  nbsp;
私は彼の仕事の事など何もわからない、理解出来ない。  
セフィーロの文字を読む事すら出来ない私は、書類を届けたり、伝言を伝えたり、  
お茶を入れてあげる事くらいしか出来ない。  
 
それすら、あの日からしていないけど…。  
 
クレフと逢わなくなってから、タトラの言葉をずっと考えていた。  
『あんなに仕事に打ち込めるのは、支えてくれる存在が素晴らしいからかしらね』  
タトラはそう言って海を見て、笑っていた。  
 
「支えてくれる存在」は本当に自分の事なのだろうか。  
自分はずっと逢っていない。  
でも、変わらずクレフは仕事をしている。  
無理をしているのはわかっているが、それも以前と変わらない。  
自分と逢っていなくても何も変わらないように見える。  
 
私は彼の傍にいて、本当に彼の為になっているの?  
それとも、彼の為にならないからこんなに逢えないの?  
 
考えても考えても答えの出ない疑問があれからずっと頭の中でぐるぐると回っている。  
どんなに考えても答えが出ない事は解っていた。  
でも、考えずにはいられなかった。  
 
 
 
そしてその日も、やっぱり急に入った会議のせいで  
あっさりと私との約束は破られたのだった。  
 
その日の会議は、そんなに大きなものではなかった。  
だけど、少しだけ覗かせて欲しいとカルディナに頼むと、二つ返事で案内してくれた。  
案内してもらった先には、扉の前を警護しているラファーガがいた。  
 
カルディナがラファーガへ二言三言話すと、笑顔で私に手招きをしてくれた。  
そして、そっと扉を開けて中の様子を伺う。  
開いた扉の隙間からそっと中を覗くと、そこには三ヶ月前と変わらない、  
私の知らない顔をした「セフィーロ最高位の導師クレフ」の姿があった。  
 
ぞくり、とまた身体が震えた。  
無意識に後ずさり、カルディナとラファーガにお礼を言うのもそこそこに私はその場から走り去っていた。  
 
『ウミ?どうしたんや!?』  
カルディナが叫ぶ声が後ろから聞こえたが、返事も出来ずそのまま部屋へ戻って泣いていた。  
 
 
――変わらないんだ、クレフは。  
私に逢えなくても何一つ。  
 
そう思ったらもう彼を見る事が出来なくなった。  
自分の小ささが恨めしい。  
自分が彼と同じ世界で同じ時間を生きられないのが哀しい。  
 
 
気づいたらもう部屋の中は暗闇だった。  
いつの間にか眠っていたらしく、もう時計は夜中の2時を回っていた。  
 
鏡を見ると、目は兎の様に真っ赤になっていた。  
泣きながら寝たのだからしょうがない。  
顔を洗い、部屋を出る。  
 
きっと、こんな時間でも彼は仕事をしているだろう。  
だがもし、仕事をしてなかったのなら……。  
 
 
 
大きな扉の前に立つ。  
クレフの執務室の扉だ。  
 
中から微かに、紙を捲る様な音が聞こえた。  
海の願いも虚しく、まだ彼は仕事をしている様だった。  
 
触れてもいない扉が「ギ…」と低い音を立てて開く。  
 
開いた扉の向こうには、ずっと逢いたかった恋人が  
いつもと変わらず机について、仕事をしているようだった。  
山積みにされた書類が、その忙しさを物語っていた。  
 
こんな時間に尋ねてきた私を心配気に見つめる。  
『どうした?こんな時間に。眠れないのか?』  
 
 
 
私は、部屋の中へ入り、扉を閉める。  
ゆっくり瞳を彼に向けた。  
『やっぱりまだ仕事しているのね…』  
仕事をしていなければ、嫌味のひとつも言えるのに…。  
 
 
彼の顔を見てしまうと抱きついて泣いてしまいそうだった。  
―後から考えれば、そうすれば良かったのだ。でも、その時は出来なかった。  
 
 
だから、いつもならすぐ向かう彼の机の傍へ行くことも出来ずにその場に立ち尽くしていた。  
そのくらいの距離がなければ、到底彼と言葉を交わす事が出来そうになかった。  
 
『どんなに遅く来ても、いつもいつもここで仕事しているんだもの。  
 もう、皆寝てる時間じゃない?』  
自分がどんな顔をしているのかわからなかった。  
泣かないように、声が震えない様にするだけで精一杯だった。  
 
そして、彼は約束を破ってすまない、と私に謝罪する。  
その顔はとても苦しそうだった。  
そう、いつだって彼は誠実だったのだ、仕事にも、私との約束にも。  
 
いつも平気で約束を破っていた訳ではない。  
それはずっと私も判っていた。  
だから約束を破られて怒っても、彼が謝ってくれたら許していた。  
 
 
だけど、約束をする事自体が、彼の負担にはなっていなかっただろうか?  
一度そう思ったら、もう自分の全てが彼の負担になっているだけのように思えて仕方がなかった。  
私はもう何もわからなくなった。何が彼の為で、何が彼の負担なのか。  
 
そして、私は言ってしまった。  
 
 
『もう、約束するのは止めましょう』  
 
 
 
彼に近づかない私を心配したのか、彼は机から離れ私の元へ近寄って来ていた。  
でも、私の言葉でその歩を止めた。 &nnbsp;
 
『どういう意味だ?それは…』  
驚いた表情で私に疑問を投げかける。  
 
 
『私は約束が守られないのは辛い。一緒にすごせると期待して、それが叶わないのが哀しい。  
 でも、最初から約束していなければそんな風に思わなくてすむわ。  
 それに、クレフだって約束していなければ、破る事もなくなるし、  
 破ったと気に掛ける事もなくなるし、約束の為に無理をする事もなくなるわ』  
 
約束が守られないのが辛いのも、約束の為に無理をするクレフを見たくないのも本当だった。  
彼の負担になりたくない。  
 
でも、言ってしまってから気づいた。  
約束が守られない事より、彼と約束が出来ない事の方がもっと辛い。  
―それならば、いっそ……。  
 
 
近づいていた彼は私まで後二歩、と言う距離で立ち止まっていた。  
久しぶりに近くで見る彼は私のよく知っているクレフで、それが嬉しくて堪えていた涙が一筋零れた。  
今したばかりの決心が鈍りそうになった。でも、もう駄目。  
 
 
もう少しだけ、彼を見ていたくて彼に触れたくて、ゆっくりと後二歩の距離を縮める。  
そして、いつも付けているサークレットの代わりに額を隠している彼の前髪をさらりと持ち上げ、  
その額に口付けを落とした。  
彼の柔らかい前髪の感触も、額の温度もひどく温かくて離れがたくて、  
ゆっくりと、彼から身を離す。  
 
彼は私の行動に驚いているのか、何も言わない。  
もう一度近くで、私のよく知っている彼の顔を見つめた。  
そして、彼から手を離した。  
 
『だから、別れましょう』  
 
 
私がそう言っても、彼は何も言わなかった。  
自分から言ったのに、これでもう終わるのだと思ったらどうしようもなく哀しくかった。  
 
やはり私は彼を「支えている存在」ではなかったのだ。  
 
 
『もう、これ以上無理しないでね』  
最後くらいもうちょっと気の利いた事が言えればいいのに、結局それはありふれた一言だった。  
でもそれは私が心から願っていた言葉だった。  
 
 
 
 
そしてクレフの部屋を後にした。  
 
溢れる涙は止まる事を知らない様に流れ続けた。  
流れる涙を拭う事すらする気になれなかった。  
 
 
彼に恋をして、でもなかなか告げる事が出来なくて、  
やっと告げた想いに応えてくれた彼と過ごした時間は、とても幸せだった。  
 
それをこんな風に自分から壊してしまうなんて思ってもみなかった。  
 
 
 
全てを自分一人で背負って、  
ただ他の皆の幸せばかりを願って、  
自分の心に傷を刻み続けている様な彼を笑顔にしたかった。  
そして、そんな彼の傍にいたかった。  
 
でもそれは所詮、自分の様な子供には無理だったのだ…。



| ABOUT | GALLERY | MEMO | LOG |
Copyright.2009 Cloudy Sky, All rights reserved.