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【学パロ】初詣

 

着物を着るのは何年ぶりだろう。  
小さい頃はお正月には毎年着ていたはずなのに、いつからか着なくなってしまっていた。  
 
 
『大晦日は、23時に学校の正門前に集合ね。勿論女の子は晴れ着で来て。持ってなければ私に相談して頂戴』  
クリスマスパーティの打ち上げの後、笑顔で会長に告げられた言葉に戸惑いつつも私は  
もっと早く言ってくれれば新調したのに、と少し残念そうに言うママに手伝ってもらい  
何とかママの若い時の物らしい着物をひとつ選んだ。  
 
 
クレフ先輩は、「あれは絶対何か企んでる顔だ」なんて言っていたけれど  
美しいという形容詞が誰より似合う会長に、満面の笑みで言われて断れる人なんてまれだと思う。  
それに会長は生徒だけでなく先生からも人望があり今まで会長の事を悪く言っている人を私は見たことがない。  
更に彼女の言葉には不思議な程に説得力があった。  
2年生の最初から生徒会長を務めたのは、長いセフィーロ学園の歴史の中でもほんの数人だけらしい。  
 
 
『はい、出来たわよ。海ちゃんは本当に何着ても似合うから飾りがいがあるわね!』  
着付もヘアセットも手際良くやってくれたママが鏡の向こうで満足気に笑っていた。  
『ありがとう、ママ。あ、そろそろ時間…』  
時計に目をやり、そう言いかけた時にちょうど良くインターホンが来客を告げた。  
 
準備してあったバックを手に取り急いで玄関に向かうものの、着物を着ているせいでいつもの速度では歩けない。  
とは言っても自分の部屋から玄関までだ。  
さほど時間がかかった訳ではないはずなのに辿り着いたそこにはパパが仁王立ちしていた。  
そして、その向こうにクレフ先輩の薄紫の髪の毛がふわりと揺れて見えた。  
 
「遅い時間だから迎えに行く」  
クリスマスの帰り道に告げられたその言葉通りに家まで迎えに来てくれていたのだ。  
『先輩、わざわざすみません…』  
足音で私が来ているのがわかっている筈なのに先輩の正面を動かないパパの後ろから、ひょっこりと顔を出すと先輩は一瞬驚いた様な顔を見せ、でもすぐに姿勢を正してパパに頭を下げた。  
『夜分遅くに申し訳ありません。帰りも責任を持って家までお送りしますので、しばらくお嬢さんをお預かりします』  
 
その言葉に、何となく不穏な空気を醸し出しているパパが今までの沈黙を破り口を開いた。  
『本当に、大丈夫かい?うちの娘は見ての通りママに似て美人なんだから、変な奴に絡まれたりしそうで心配なんだよ。  
 それに生徒会とはいえ、学生だけでこんな時間に出かけるだなんて何かあったりしたら一体どう…』  
『もう!パパったら!!』  
急に何かと思えばそんな事を言い出したパパの言葉を思わず大声で遮った。  
は、恥ずかしい…先輩の前でこんな。  
 
『いや、しかしだね海…』  
尚も言い募ろうとしたパパの肩を、ママがぽんと優しく叩く。  
『いいじゃないの。わざわざ迎えに来て、こうやって挨拶までして下さっているのに、彼に失礼よ?』  
『だって、ママ…』  
まるで駄々を捏ねる子供の様な口ぶりのパパに、普段はパパに異を唱える事など滅多にないママがきっぱりと言った。  
『パパ。あんまり言うと、海ちゃんに嫌われちゃうわよ?』  
加えてにこりと微笑めば、ようやくあきらめたのかパパは肩を落としてその体を端に寄せた。  
 
その姿を見てママが私の背中をそっと押してくれる。  
『楽しんでらっしゃい、海ちゃん。  
 じゃあ、海ちゃんをよろしくお願いしますね、ええと…』  
 
『生徒会副会長をしてます、クレフと申します。ご挨拶が遅れてすみません』  
『あら、いいえ。こちらこそパパがごめんなさいね。じゃあ今日はくれぐれも海ちゃんをよろしくお願いします、クレフさん』  
私と先輩を交互に見やり、にこにことママは私を送り出してくれた。  
その後ろでまだ何か言いたげに、でも何も言えずパパは私たちをじっと見つめていた。  
 
…お節を食べたらパパの好きなケーキを焼こう。  
そんな事を考えながら、もう一度振り返り二人に小さく手を振り私は玄関の扉を閉めた。  
 
 
真っ暗な星空の下  
先輩とのいつもの帰り道、その同じ背中を見つめながらいつもとは反対方向へ歩く。  
 
私たちの他にも通りを歩く人はたくさんいるが、寒いからか皆足早に私たちを追い越して行った。  
着物のせいで普段より私の歩みは随分と遅い。  
それでも私の少し前を歩いているクレフ先輩の背中との距離が開く事はなかった。  
私に合わせて、くれているんだ…  
そんなちょっとした優しさが馬鹿みたいに嬉しくて、改めて先輩が好きだと思った。  
さっきだって両親を安心させる為にわざわざ挨拶してくれた。  
そんな事しなくていいように、先に玄関を出て待つつもりだったのに…  
 
すぐ目の前の角を曲がれば待ち合わせの校門前、という所でクレフ先輩がふと立ち止まる。  
また少し、歩くのが遅かっただろうか?  
本当なら駆け寄りたい所だけど慣れない着物に草履では無理だった。  
出来る限り足早に、先輩との距離を縮める。  
でもほんの少し手を伸ばせば触れる事が出来る程の距離まで来ても先輩はまだ歩みを止めたまま。  
 
『せんぱい…?』  
何を言えばいいのかわからなくてただ先輩を見上げた。  
でもその目線は交わる事なくふいと学校の道へ向けて逸らされた。  
 
『その…着物、綺麗だな』  
 
一瞬、何を言われているのかわからなかった。  
何も返せなくて戸惑っていると先輩が止めていた足を何事もなかった様に前に出した。  
 
『…もう行かないと、会長に怒られそうだな』  
『え、あ…はいっ』  
もう何にどういう返事をしているのかわからない返事をして、先輩に続いて学校前に到着すると待ち合わせ時間ちょうどだった。  
既に皆揃っていて、私たちの姿を見ると会長は安心した様に手招きをしている。  
 
『集まってくれてありがとう。特に光さん、海さん、付き合ってくれて嬉しいわ』  
艶やかに着物を着こなしている会長は、中でも輝くような美しさ。  
その後ろにそっとさり気なく立っているザガート先輩とその隣で光と話をして微かに笑っているランティス先輩は洋服を着ていたが、  
会長の斜め後ろで風と楽しげに笑っているフェリオ先輩は着物だった。  
 
 
『さ、じゃあ行きましょうか』  
会長の一声で私たちは神社を目指して歩き出す。  
これ以上のんびりしていたら神社に着く前にいつの間にか日付が変わってしまいそうだ。  
 
 
神社が近づくにつれ、人の流れがどんどん増えて来る。  
気を抜くと人に押されてはぐれてしまいそうな人並みに、男性陣が外側から守る様な恰好で固まって向かった。  
 
ちょうど神社へ着き、鳥居を潜った頃に日付が変わり新年を迎える。  
『あけまして、おめでとう』  
一際大きく除夜の鐘が鳴り響き、誰へともなく挨拶を交わし合った。  
 
 
神社の中は更に人が密集していて、着物のせいで周りより少し歩みが遅い私は何度か人にぶつかった。  
バランスを崩しても人の多さが幸いして転ぶ事はなかったが、履きなれない草履で少しだけ足が痛んだ。  
 
人が多い割にはスムーズに参拝を済ませた私たちは、人の流れから少し離れた場所で改めて新年の挨拶を交わした。  
挨拶が済んだと思ったら、徐に会長が私たちに向けて微笑んだ。  
『じゃあ、これで今日は解散ね。皆さん、気を付けて。  
 ちゃんと女の子を送って帰らなきゃだめよ?』  
 
じゃあ、お疲れ様。  
そう言い残して会長はザガート先輩と出口へ向かう人ごみに消えて行った。  
それに続いてランティス先輩が光を連れて行く。  
そして最後にフェリオ先輩と風が、残った私たちに軽く会釈をして足早に去って行った。  
『それではクレフ先輩、海さんをよろしくお願いしますね』  
 
まさか皆で初詣に来て参拝をしてすぐ解散とは思っていなかったので少々面食らった。  
てっきりおみくじをひくとか、お守りを選ぶとか、お茶くらいはするだろうと思っていたので  
この展開の早さに頭が全く追いつかずしばらく呆然とその場に立ちつくしていた。  
それはどうやらクレフ先輩も同じの様で  
こっそりと見上げた顔には珍しく困惑の色が見えた。  
だけど目が合うとゆっくりとその瞳が細められ、優しい声色が耳に響いた。  
『せっかくだから、もう少し中を見ていくか?』  
 
『は、はいっ…』  
てっきり皆に倣ってそのまま帰ると思っていたから、そう誘われて思わず声が裏返ってしまった。  
 
さっき以上に人の密集している神社に再度、歩を向けた。  
 
人混みに合流した瞬間から、一歩歩く度に人にぶつかっている気がする。  
このままじゃはぐれちゃう…そう思った瞬間には無意識に先輩のコートの裾を握っていた。  
その感触にクレフ先輩が振り返った事で自分の行動に気付く。  
 
何も言えずにいる内に、先輩の手が優しくコートから私の手を外す。  
それは思った以上にショックで、勝手に握ってしまった事を謝らなきゃと思うのに何も言葉は浮かばなかった。  
だけどそのまま先輩は私の手をきゅうと優しく、でもしっかりと握ってくれた。  
 
『はぐれたら、いけないから…』  
それだけ言うと、また前を向き歩き出す。  
ただその歩みは先ほどよりも随分とゆっくりで  
それはきっと、周りの人が多いからと言う理由ではなかった。  
 
混雑はしているものの、周りと進む方向が同じせいかほどなくして神社の中まで進んだ。  
おみくじを引いてはしゃぐ人たちやお守りを選ぶ人たちに新年の挨拶を交わす人たち。  
楽しそうな人たちを見ていると自分も嬉しい気分になる。  
『あ、先輩…おみくじ引きませんか?』  
一番手前にあるおみくじが目に入ってそう告げた。  
不思議と普通に声をかける事が出来た。  
周りに人が多くて二人っきりと思えない状況だったからかもしれない。  
 
『あけましておめでとうございます!こちらから一枚どうぞ』  
巫女さんと新年の挨拶を交わし、おみくじを引く。  
 
少しだけ人混みを外れてから開いてみると大吉。  
内容も大吉だけあってだいたいどれも良い事がかいてある。  
ふと学業の所へ目をやると、そこには ”努力した人は報われる”とかいてあった。  
努力した人…そう聞いて一番に思い浮かぶのはどうやったって隣にいる先輩だった。  
 
『せ、先輩はどうでしたか?』  
ちらりとこちらの大吉が目に入ったのか、ゆるりと微笑みながら手の中のおみくじをこちらに向けてくれた。  
『末吉、だな』  
 
先輩の答えに、決意が固まる。  
本当はしちゃいけないかもしれないし、そんな事したって意味はないかもしれないけど…  
『先輩、それ交換して下さい!』  
 
その言葉を発したとほぼ同時に、先輩の手からおみくじを引き抜き  
そして代わりに私のおみくじをその手に押し付ける様に渡す。  
 
まだ戸惑っている様子の先輩が、何かを言う前に。  
『だって先輩は三年生ですから!先輩の成績だったら問題なんかないでしょうけど…でも、あの…念の為、に……』  
言いながら何だか余計な事をしてる気分になって俯いてしまった。  
やっと普通に話が出来る様になったと思ったのにこれではまた逆戻りだ。  
 
『ありがとう、助かる』  
周りの喧騒が聞こえなくなるほどに、耳元近くで囁かれた。  
先輩の息が微かに耳にくすぐったくて、でもそれよりもそれほど顔が近づいているという事実に  
身体の温度が一気に上がる。  
恥ずかしくて、顔があげれない。  
 
『じゃあ、そろそろ帰るか』  
そう言ってまたそっと手をとられる。  
神社を出たら離されるかと思ったけど、結局家の前までそのままだった。  
いつもみたいに私が扉の前に来るところを確認してから先輩は帰っていく。  
少しずつ小さくなっていくその後ろ姿に小さく呟いた。  
『今年も、よろしくおねがいします』  
その言葉通りに、今年も一緒に過ごせればいいなと思いながら玄関の扉を閉めた。



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